「人生を切り開く」カテゴリーアーカイブ

自信も才能もなく毎日の仕事がつまらなくて仕方がなかった自分が、仕事が楽しくてしかたない自分に180度変わった理由 (その11:アドリブ力の実践2)

こんにちは、くらです。

「アドリブ力の実践」などと偉そうなことを言っておりますが、私が過去にやったことは、本当に大したことないのでした。

そのときに、自分ができることを、できる方法でやったのでした。

小学校の頃から釣りが好きでした。

父親の田舎が愛知県の山奥でしたので、毎年夏に父の実家へ遊びにいき、その環境で夏休み中を満喫したのでした。

そこで毎日釣りをして、釣りの楽しさを覚えました。

父の実家の前を、豊川の上流の支流が流れておりました。

幅10mくらいの、本当に水がきれいな川でした。

水中眼鏡をつけて川の中を覗くと、アユ、ハヤ(ウグイ)などの魚がビュンビュン泳いでいました。

みみずを餌に釣竿をふるうと、すぐに、手もとにぐっぐっという手応えがあり、魚が釣れました。

釣りの楽しさを知った私は、その後も釣りを極めたくなり、色々な本を読み漁りました。

実際に、川で釣りをするときは、このポイントに、こういう仕掛けで、こういう餌で、こうやって流すと釣れるのではないか、と、釣りに行けないときも一人で想像を膨らませていました。

それがなにより楽しくてしかたがなかったのでした。

その後、知り合いの人が海釣りに連れてってくれました。

防波堤からの投げ釣りで、アイナメ、キス、海タナゴ、カレイ、たまにヒトデやふぐの小さいのも連れました。

この防波堤の釣りも、私の想像をかきたてました。

特に、夜の防波堤のフカセ釣り(糸の先に針と餌だけつけて、自然に防波堤の壁面を釣っていく、という解釈ですが違ったらごめんなさい)にはあこがれました。

残念ながら、フカセ釣りをする機会はなかったのですが、考えているだけで幸せでした。

釣りに関しては、その後も時々雑誌などを買って、想像だけで楽しんでいました(笑)。

営業になって、この磨いた想像力が役立ったのでした。

まず、釣りそのもので顧客と仲良くなり、万年どん底の営業が変化しました。

ある顧客が釣り好きと聞き、なんとか話ができないかなと、ずっと考えていました。

「自分のやりたいことやっているのか?」

先輩のこの言葉に、ある考えが自分の頭に浮かんできました。

お客さんと釣りで仲良くなれるだろうか。いや、なりたい!

その後は、もう必死でした。

相手はめったに会えない人だったので、いつも通り道になっている場所で待って話しかける。

「いつもお世話になっております。」

当然こちらには目もくれません。

忙しそうにたったたったと歩いていきそうになるところを、なんとかしなければと必死になる。

「釣りがお好きだと伺いました。」

すると、たったたったと歩きながらチラッとこちらを見た。

「あんたもするんか?」

「こちらではまだやってませんが、始めたいと思ってます。」

「ふーん」

たったたったと歩きは止まらない。

必死で話しかける。

「最近はどんな釣りされてるんですか?」

「チヌ(クロダイ)のかかり釣りやろうかと思っている。」

「竿とかリールはもう持っていらっしゃるんですか?」

「いや、やろうかと思っているだけだ。」

ここで会話は終わり。

相手は行ってしまった。

「またよろしくお願いいたします。」

声はかけたが、聞いてはいないだろうと思うくらい、たったたったと行ってしまった。

いつもも自分だったら、「はぁ~」とため息をついて、またダメだった、と落ち込むパターンなのだが、このときは違った。

チヌのかかり釣りか。

いい情報だ。

チヌのかかり釣りに関しては、興味を持っていたので、雑誌などでよくやり方は読んでいた。

すぐにそこを出て、行きつけの釣り道具屋へ行った。

「すみません。チヌのかかり釣り用の竿とリールと釣り針、ください。」

実際はもう少し細かい話をしたのだが、よく覚えていない。

そして、竿・リール・針を入れた袋を抱えて、前の場所に戻った。

先ほどの場所で待っていたら、その人が偶然やってきた。

「先ほどはありがとうございました。」

「おう、まだいたのか。」

「チヌのかかり釣りの竿とリールと針、買ってきました。」

たったたったと歩いていた足が止まった。

異世界人を見るような目つきで見られた。

「お前、今買ってきたのか?」

「はい!」

「さっき初めて話した相手から、そんなものもらえん!」

そりゃそうだ。

私が相手の立場だったら同じことを言っただろう。

でも、なにしろこっちは必死なのだ。

「ですから、今度一緒に連れってください。」

「・・・・・」

しばらくの沈黙。

袋を手にした相手は言った。

「じゃあ、今度一緒に行くか?」

これ以降、相手の所属している釣り同好会に紛れ込ませてもらえた私は、月に一度、釣りの大会に出ることになったのでした。

その方とも良好な関係が構築でき、仕事もどんどんうまくいったのでした。

なぜあんなことができたのか、今考えても不思議なのですが、どん底の開き直りだったのかなと。

もう失うものはない、という気持ちがあったのと、ただひたすら、この人と仲良しになりたい、という思いだったのだと感じます。

つづく

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自信も才能もなく毎日の仕事がつまらなくて仕方がなかった自分が、仕事が楽しくてしかたない自分に180度変わった理由 (その10:ドリブ力の実践1)

こんにちは、くらです。

アドリブ力の実践についてお話していきたいと思います。

アドリブ力とは、咄嗟の判断・対応力を指します。そして、行動の結果、しばしば感動やポジティブな影響を与えるもの、と定義しています。

ただし、アドリブ力が上がれば、宴会や飲み会での一発芸ができるようになる、とか、怒っている相手をアドリブで笑わせる、とか、そういうことを意味してはいません(できるようになる人もいるかもしれませんが)。

アドリブとは、知識と経験、それにその人独自の感覚を動員して、自然に、刹那的に、前向きに人生に起こる様々な出来事に対処すること、と考えます。

そして、そのアドリブを生むのは、一人ひとりの人間の、それぞれの個性や知識や経験なのです。

一人ひとりが発揮するアドリブは、その人独自のものです。

そのアドリブを、自分の人生や仕事に生かしていくちからをアドリブ力とします。

アドリブ力は、自分自身の能力を伸ばすことと同義だと考えます。

心理学を駆使した学習法で多くの子供たちの偏差値を上げてきた坪田塾塾長の坪田信貴さんは著書で述べています。

「才能が必要になってくるのは、大学入学から先を生きていくとき。
その頃から『本当の才能』が欲しくなってくるのですが、その才能を見つけるためには、もともとある能力を伸ばしておかなければなりません。能力を伸ばすためには、基礎となる知識が必須。そのためにみんな勉強しているのです。
これこそが、『なぜ人は勉強しなければならないのか』の理由です。」
(『才能の正体』坪田信貴(幻冬舎)より引用)

能力を伸ばすには知識が必須。

もちろん、知識だけではなく、それを自分なりに活用することが大事。

つまり、知識、実践、経験、これらのことから自分なりの答えの出し方が生まれてくる。

その中からアドリブ力が磨かれる。

そう思うのです。

私の場合、自分なりのどん底を経験し、そこから自分なりに答えを模索していき、たどり着いたのは、自分なりの物事への対処法でした。

そして、その方法は、実は、すでにそのとき自分が持っていたのでした。

自分がすでに持っているものを、うまく活用するだけでした。

ここに、アドリブ力が誰でも備わっているという根源があります。

誰でも持っている力。

でも、それは常に、新しく更新される必要があります。

何故なら、時代も環境も、常に変化しているから。

ならば持っていても使い物にならなくなるのでは。

確かに、そのままでは、すぐに古くなってしまいます。

だから、我々は、自分の持っているものを、常に深く掘り続ける必要があります。

それは、趣味でも、仕事に関わることでも、自分が好きな分野を常に掘り下げていく、そして、そこから新たに派生してくる分野にも、掘り進めていくことが、これからの時代に求められます。

つづく

自信も才能もなく毎日の仕事がつまらなくて仕方がなかった自分が、仕事が楽しくてしかたない自分に180度変わった理由(その9)

こんにちは、くらです。

営業(MR)が嫌で嫌でしょうがなかった自分。

何とかする方法は、辞めるか、現状を変えるか、それしかない。

最初は辞めることしか頭にありませんでした。

何とかする方法をしっていたら、とっくにそうしていたでしょうから。

嫁さんもらったばかりなので、逃げるわけにはいかない。

それで私が実際にとった行動は、それまで先輩や上司にやってはいけないと言われていたことをやったこと。

奇跡的にそれがうまくいったのでした。

でも、やってはいけない、と言われていたことでしたが、よくよく考えてみたら、何らかの形で先輩たちも、やっていたのでした。

それは、規則に反しない内容で、相手に喜んでもらうことでした。

新人の初めは、先輩たちがあの先生にはこれを持って行けば喜ぶ、これをしたらきっとうれしい、などと言われていたことを、やってみても、実は全然うまくいかなかったのでした。

先輩たちはうまくいくのに、なんで自分がやると全然だめなのか。

やってもやってもうまくいかないと、やる気が失せます。

これは、先輩たちだから相手が喜ぶ、つまり、人間関係なのだと、うすうす感じていた。

だから、関係ができてない自分がいくら先輩たちと同じことをやっても相手の心には響かない。

そういうことは実感してました。

自分がやってもだめなんだ。

いくらやっても通じない。

私ではだめ。

この固定観念が頭を支配し、自分の行動をとてつもなく制限していたのでした。

それに気づかされた私は、やってみたいと思っていたことを、片っ端からやってみた。

徐々に結果に結びつき、いつの間にか人間関係もできていた。

気付いたら、夢のような世界(おおげさ)。

この世界を造れたのはなんでだろうか。

やりたいことをやる。でもそれは、あくまで相手が喜んでくれそうなこと。

ここで私のアドリブ力が発揮されます。

実際の例を簡単にお話します。

あの人はいつも釣りにいっている。

では、その釣りの話題を掘り下げてみよう。

当時、チヌ(クロダイ)のかかり釣りというのが流行り始めていました。

私は小学校の頃から釣りが大好きでしたので、釣りの雑誌はよく読んでいました。

そこで、かかり釣りの話題を投げると、気にはしているけど、スペックなど(竿、リール、糸など)はまだ揃えていない、ということでした。

私は、勝手に買いそろえて、相手に差し出しました。

相手は心からびっくりしてました。

実は、話を投げかけたときが、その人とは初めて話したときだったのでした。

つまり、さっき話題で話したものを、もう今持ってきた、ということです。

本当にびっくりしていました。(そりゃそうだ)

でも、その後、その人とは月に1回、釣りクラブで一緒に釣りにいく仲になりました。

その人と私にしか分からない絆ができたのでした。

私は、そんな絆ができるなんて夢にも思っていなかったので、自分の行動がしばらく信じられませんでした。

そんなことがあってから、そういう絆がいたるところででき始めました。

目的は、相手によろこんでもらいたい。

その理由は、相手と仲良くなりたい。

現状とのギャップは、他人に近い状態。

対策は、趣味が分かっているので、そこをアドリブ力で実践していく。

考えてみると、課題設定・問題解決を、いつの間にか実践していたのでした。

次につづく。

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自信も才能もなく毎日の仕事がつまらなくて仕方がなかった自分が、仕事が楽しくてしかたない自分に180度変わった理由(その8)

こんにちは、くらです。

前回、認めてもらうことも大切ですが、何よりも自分が楽しめることが大事、というお話をしました。

言葉で言うのは簡単ですが、実は中々難しいことです。

実際の場にいると、楽しむなんてことは全くできませんでした。

毎日数字に追われ、やることなすこと全くうまくいかず、実績に結びつかない。

毎朝、卸さんへ行って、昨日の売り上げを見て、ため息をつく。

また売れていない。

そして、足取り重く、担当先の病院へ行く。

そして、壁の花。(かべに張り付くようにずっと立っているだけ)

そして、夜になって、家へ帰る。

こんな繰り返しでは、今考えても、辞めることしか頭に浮かびません。

ただ、新人の分際で、すでに結婚していたので、嫁さんを食わしていかなければいけないという責任感はありました。

それもあって、そう簡単には逃げ出すことはできなかったのでした。

考えてみれば、逃げ場がないのは自分にとってラッキーでした。

性格上、すぐに逃げたがるので(笑)、逃げることができない状況は、後々考えるとつくづく運が良かったのでした。

仕事でうまくいく人の話や本を読むと、その人独特のやり方があって、すごいなといつも感心、感動するのですが、一番基本の共通点は、一つだと思っています。

それは、仕事相手に喜んでもらうこと。

相手の喜びへの対価としてお金をもらう。

当たり前のことかもしれませんが、成功している人の基本は、必ずそこにあると思っています。

ということは、仕事をする際、自分はこの仕事で、誰を喜ばしたいのか、を考えることが、まず最初に必要になります。

それがないと、いたずらに時間に追われ、数字に追われ、人間関係に追われ、生活に追われ、なんのために仕事をしているのか分からなくなります。

しかし、新人の頃の私は全くそのことを分かっていませんでした。

とくかく売れればいい。売れねばならぬ。

だって営業だから。

営業は数字で評価される。

売れていない人間は、社内でも意見が通らない。

認めてもらえない。

存在価値がない。

そんな気持ちにどんどんはまっていくのでした。

相手の気持ちなど関係ない、というと言い過ぎですが、相手のことを考えている余裕など全くありませんでした。

毎日数字は落ち込んでいく。

営業成績は落ちていく。

営業所の順位もほぼどんべ。

モチベーションもなにもあったものではありませんでした。

今から考えると、そんな状態で仕事など熱が入るわけがない。

よく辞めないでいられたな、と、ひたすら嫁さんに感謝してます。

結婚してなかったら、とっくに逃げ出していたに違いありません。

どん底まで落ちた私は、先輩から言われた言葉を何度も頭の中で繰り返していました。

「お前、本当にやりたいことやっているのか?」

そこで、私がやったのは、自分のやりたいことは何だったのか、頭の中で整理することでした。

すると、やりたかったことは、先輩や上司から言われていた、やってはいけないこと、ばかりだったのでした。

これはやってはいけない、それはこうしなければならない、お前のやり方ではだめだ。

もちろん、仕事の基本的なこともたくさん教えていただいたので、ほとんどは身になったのですが、自分の頭を使わなければならない部分は、先輩や上司の言っていることだけを忠実に守っていたのではだめだったのでした。

私は自分の行動を変えました。

変えた、というよりも、自分の思ったことを、先輩や上司に相談しないでやってみることにしました。

すると、一人、また一人、と、話の通じる(仲良く話ができる)人が増えたのでした。

私がやったことは、今までやっていなかったことばかりでした。

端的に言えば、次の二つだけです。

・相手に興味を持つ(相手の興味に興味を持つ)

・相手が喜ぶだろうこと思ったこと(やってみなければ分からないことばかりでしたが)を、とにかくやってみること

これをとにかく、思いついたらすぐにやってみる。

行動に移すようにしました。

すると、自分では思ってもみないことが起こり始めたのでした。

病院で先生に会って話始めると、周りから他社のMRがいなくなることが起こり始めたのでした。

以前は、他社のMRが先生と話し始めると、自分は諦めて違う場所へいくことがほとんどでした。

これは、仲のいい先生とMRが話始めると、話に入っていけないからなのでした。

すると、その場を立ち去るしかありません。

今までと立場が逆のことが起こり始めたのでした。

ほかのMRにすれば、なんてことのないことだったのですが、私にとっては天にも昇るほどの喜びだったです。

言い方はちょっと違うかもしれませんが、いい意味で相手を独占しているという、優越感を感じたのでした。

レベルが低いと思うかもしれませんが、その頃の自分にとっては、夢のような出来事でした。

こんな自分とも仲良く話をしてくれる。

そんな人を、絶対大切にしよう、と改めて誓う(大袈裟)のでした。

そして、徐々にそういう相手が増えてきて、病院へ行くのが楽しくなってきました。

次の先では、あの先生が待っていてくれる。先日話した、この話の続きをしよう。

そして、また次の病院では、先日使ってくれたあの薬で、患者さんが良くなったかどうか、きっと先生からこんな質問がくるだろうから、文献の準備をしていこう、など、仕事の流れが自分で作れるようになったのでした。

相手の質問や疑問にすぐ答えられること、自分で仕事や話の流れを作れるようになること、これが仕事を楽しくする基本だと、その時思ったのでした。

次につづく。

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自信も才能もなく毎日の仕事がつまらなくて仕方がなかった自分が、仕事が楽しくてしかたない自分に180度変わった理由(その4)

こんにちは、くらです。

前回の続きです。

営業職を自分で選んだのですが、最初の印象は、「間違っていた!」(笑)

そもそも、世間で苦労したことのない人間が、人に頭を下げたり、おべっか使ったり、愛想笑いしたり、などできるわけがない。最初は本当にそう思っていました。

つまり、私の営業に対する印象そのものが、そもそもよく分かっていないことから来るものでした。

考えてみれば当たり前です。

何の経験もなく、ただただ営業やってみようかな、などと、深い決意もない軽い人間が、分かっているはずがないのでした。

ですので、営業を始めた最初の1年は、散々な結果。

当時の支店では、成績はいつもほぼどん尻でした。

前任の先輩から病院・開業医の先生方を受け継ぐのですが、最初はほとんど相手にされませんでした。

毎日病院へいく。

先生に会う。

宣伝をする。

「またよろしくお願いします。」

そして、次の病院へいく。

この繰り返し。

実績は全く伸びない。

こんな毎日を繰り返していれば、誰でも嫌になります。

仕事をしているという実感が持てない。

それは、自分が投げたものに対する反応が全く感じられないから。

なぜ反応がないか。

それは、投げること、投げるものが、全て独りよがりだからです。

相手の受け取りたい内容のものを投げない限り、受け取って、そして、投げ返してはくれません。

と書きながら、気づいてしまいました。

このブログもそうなのかも、と。

そもそも投げる相手が全然いないのでした。

反応がないことを続けることくらい、つらいことはありません。

誰でも、自分がやっていることに誰も反応しなければ、継続する意欲がなくなるでしょう。

営業をしていた最初の自分が、全くその通りなのでした。

顧客に製品の話をする。

一応聞いてくれる。

「わかった。機会があれば使うよ。」

と言ってくれるのですが、そう言って使ってくれる人はいませんでした。

私の営業は、医薬品をお医者さんに説明して、適応ある患者さんに使ってもらう、という仕事でした。

毎月一度、支店全員が集まり、丸一日製品の知識、説明の仕方、ロールプレイなどの知識・スキル研修。

きっとどこの業界でもやっていることだと思いますが、伝えるべきことを伝わるように伝える方法を学ぶ。

学ぶ内容は、もちろん会社の各部門から戦略に基づいて作成されたものですので、どの営業マンにも共通です。

でも、実際に現場で使うと、どうして、といいたくなるほど、結果に差がでるのです。

先輩たちと同じことを勉強して、同じように使い方を習っているのに、どうして実績にこれほどの差が出てくるのだろう。

毎日現場へ行って、夜疲れ果てて帰って来て、その日の実績の報告を見て、ため息をつく。

「全然だめだ。」

やっていることが実績に結びつかない。

どうして。考えても考えても分かりませんでした。

習ったことはみんなやっているはず。

やるべきこと、そして、やってはいけないこと。

それに基づいて行動しているはずなのに。

毎日その繰り返し。

やってもやっても報われない仕事に、ほとほと嫌気がさしてきていました。

「やっぱり、自分は営業には向いていないのだ。」

「同期のあいつはもうあんなに実績出している。」

「営業は、向いている人間がやる仕事なのだ。」

こんな声が、自分の頭の中を常に流れていました。

そして、段々と、仕事を辞めることを考えていました。

「自分のような性格に向いている仕事があるはず。」

「営業は、明るくて、前向きで、話がうまい連中がやる仕事だ。」

実績を出せない自分を受け入れることができず、向き不向きの理由になんとか結びつけて、自分を保っていたのでした。

そんな状態で1年が過ぎ、営業という形は保っていたものの、内容はほとんど変わらず、自分の中のモチベーションはゼロに近い状態でした。

朝、支店へ顔を出し、前日の日報を書いて提出し、「いってきます。」といって会社を出て、すぐに行きつけの喫茶店(古い)へ行って時間をつぶす。

昼前ごろに得意先に顔を出し、いつものように製品の説明をして、同じように3,4軒回って、夜は直帰。

「あー、今日も全く仕事の実感がなかった。」

こんな毎日でした。

「この仕事やめた後はどうしようか」

常にそんなことを考えている毎日でした。

そんな自分に、人生の転機と言えるようなことが起こりました。

いつものように、朝会社を出て、行きつけの喫茶店へ行って、タバコ(今はもうやめてます)を吸っていました。

「はー、今日も疲れるなあ。」

そこへ、中の良かった先輩がやってきました。

先輩は私の前に座り、言いました。

「どうした。最近元気ないな。」

「元気ないっすよ。もう全くやる気ないっす。」

その先輩には、自分の思いや考えをよく話し、また先輩もよく話を聞いてくれましたので、そのときの自分の思いを全部吐き出してしまいました。

「やる気ないっす。だいたい、会社がやれっていうからやっているのに、全然反応ないですよ。
引き継いでもらった先輩たちに言われた通り、この病院ではこの先生、この病院ではこの先生に中心的に話をする。
大事な先生にはいつも顔を出して覚えてもらう。
あの先生の趣味はこれだから、この話をするといい。
この病院は夜行ってはいけない。訪問規制があるから。破ると出入り禁止だ。
全てやることやっているのにどうして実績でないんですか。
もうやるべきことないですよ。
どうしたらいいか全く分かりません。」

気が付くと、先輩の話など聞かずに、ここぞとばかりに、だーっと話していました。

私が話尽くして、少しの間、沈黙が流れました。

そして、先輩が言いました。

「そうか。苦労してんだな。
でも、お前の言うことはよく分かるよ。
俺も新人のときは同じような思いしたからな。」

先輩は私の気持ちを受け止めてくれました。

そして、先輩が言った次の言葉で、私の人生が変わったのでした。

「でもな、お前、本当に自分のやりたいことやっているのか?」

えっ、何の話?

最初聞いたとき、全く意味が理解できませんでした。

やりたいこと?

営業なんてやりたくないし、つまり、営業やめろってこと?

先輩の言葉は、自分の胸に突き刺さったのでした。

次回につづく。

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内気で内向的な人が人生を切り開く方法(2)「会議・議論の場で」

こんにちは、くらです。

内気とは、
「気が弱く、人前では、はきはきしない性格。また、そのさま。」コトバンク

内向的とは、
「心のはたらきが自分の内部に向かうこと。」goo辞書
「内向を指向する人は、
 内に生じる思索や内なる体験などの内の世界(内界)により関心を持ちます。
 内の世界で起きていることにエネルギーや関心を向け、
 内に生じる思いや気持ち、
 内省などからエネルギーを得、
 動機付けられます」
 MBTIタイプ入門(JPP)(ユングのタイプ論をもとにした性格理論)

つまり、
「内気」と「内向的」はイコールではないのです。

更にいえば、
社交的で内向的な人もいるし、
内気で外交的な人も存在する、
ということなのです。

内向的でも物事をはっきり言う、
人との付き合いが広い、
というような人もいると思います。

内気で内向的というと、
自分自身で色々考えているのですが、
それを外に出すのが苦手で、
特に大勢の議論の場はほとんど発言しない。

何も考えていないわけではなく、
色々な人の意見を聞いていると、
一つ一つの意見に対して、
最もだと納得して聞いてしまう。

人の話をそれなりに受け入れてしまい、
自分の考えを後回しにしてしまうので、
考えを意見として出すまでに、
どうしても時間がかかってしまう。

私自身、
会議の場でなかなか意見が出せないことが、
年齢を重ねた今でも結構あります。

でも、
それは決して悪いことでもなんでもないのです。

グローバルな会議の場では、
確かにもの言わない人(特に日本人はそう思われがちですが)は、
何を考えているかわからない、
自分の意見を持っていないのではないか、
と思われているようです。

でもそれは、
他の人より、
少々慎重で、
色々な思考が頭を巡り、
まとまるまで時間がかかるので、
なかなか外へ出せなくなる、
ということなのですが、
内気で内向的な人以外の人には、
理解し難いことなのかもしれません。

会議や議論の場で、
なにか言わなくては、
というとき、
ではどう対処すればいいのでしょうか。

色々な思考が、
頭の中で錯綜しているとき、
どんな小さな疑問でもいいので、
それについて問いかけてみる、
というのも一つの方法だと思います。

「すみません。
 ○○については理解したのですが、
 ××についてはどうなのでしょうか。」

「理解が不十分で申し訳ないのですが、
 △についてはどうなのでしょう。」

と質問してみる。

できればその後に続けて、

「私はそれに関してはこう理解しているのですが、
 いかがでしょうか。」

というような、
質問から始めると、
自分の意見も言いやすくなるような気がします。

まず、
意見や議論の場で、
内気で内向的であっても、
他のタイプの人と、
対等に話ができる方法があると思います。

自分の特性は、
いい悪いではなく、
価値あるものとして、
まず自分自身が受け入れ、
あるがままの自分を、
大切にすることが、
どんなタイプの人間にとっても、
必要なことだと思います。

内気で内向的な人が人生を切り開く方法(1)「人前で話す」

こんにちは、くらです。

私は小さい頃から、
内気でおとなしく、
自分の思ったことを、
なかなか言えない人間でした。

小学校の頃、
道の向こうから4,5人の女の子が連れ立って歩いてくると、
すぐにわき道にそれて直面を避けたりしていました。

相手が自分のことを、
変んなやつと思って、
皆して笑うのではないか、
などと、
今から考えるとありえないくらいの、
自意識過剰、妄想状態でした。

教室内でグループで話し合うときでも、
頭に考えが浮かんでも、
その場ですぐに発言することは、
ほとんどできませんでした。

歳を重ねるにつれ、
この性格的傾向はだんだん緩んではきましたが、
基本的にはあまり変わってません。

あまり変わってはいないのですが、
若い頃、
内気で内向なくせに営業を経験し、
また、
新人研修をはじめ、
様々な機会で、
人前でプレゼンテーションの機会が多くなり、
いつの間にか、
200人以上の聴衆の前でも、
平気で話すことができるようになりました。

話すという行為自体は、
誰でも日常経験していることです。

それが、
大勢の人の前となると、
内気な人間は特に、
途端に萎縮してしまいます。

なぜ大勢の前だと萎縮してしまうのか。

これはもちろん、
内気、内向的な人間に限らず、
外交的な人でも、
大勢の前で話すのが苦手な人はいると思いますので、
一概にこれが理由だということは言えないと思います。

ですので、
あくまで私の勝手な憶測で言わせていただくと、
内気、内向的な人は、
感情やエネルギーが内向きになっていることから、
反対に、
人目を過剰に気にしてしまうので、
人の前で話すときに、
のどは渇き、
ひざは震え、
頭は真っ白になる、
というようなことが起きると考えられるのではないでしょうか。

私を含め、
人目を気にし過ぎて、
人前で話せなくなるような人間は、
どうしたら話せるようになるのでしょうか。

一番の近道は、
慣れる事です(笑)。

例えば、
最初は分かりやすいテーマで、
少人数の前で話し、
少しずつ人数を増やしていく、
という方法もいいかもしれません。

そのような機会を是非作ってみていただけたらと思います。

私もいずれ、
自分のセミナーを開催し、
そのような機会を作ってみたいと思っております。

忙しい方は、
そのようなセミナーにいかなくても、
家族や友人の前で、
少しずつ練習をしていくのもいい方法だと思います。

最初はとにかく、
人前で話す回数を増やすことが、
我々内気で内向的な人間には、
大切なことだと思っております。

このような機会を作っていくことが、
自分なりの人生を切り開いていく、
とても大事なプロセスだと考えます。